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2005年05月14日

読書について


読書について 他二篇

ショウペンハウエル

読書家にとって非常に耳の痛い言葉が出てきます。
読書とは他人にものを考えてもうらうことである。1日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失ってゆく。
単なる娯楽でなく、教養・成長のために本を読むものだと考えているため、読書に対して見直すきっかけになります。

悪書ではなく良書を読むこと。
読むのではなく考えること。
発言するのも考えた上で責任を持って行うこと。

私もなるべく古典を読むように心がけていますが、やはり本屋に平積みされているような流行の本に目を引かれがちです。もちろん良書も多いですが、見分けるのも難しいです。やはり定評のある古典を読むか、量をこなすしかないのでしょう。
ハウエル氏も多読について厳しい批評を展開していますが、多読を否定しているわけではありません。
さて体系的な思想かもまさにこの手続きをふむ。つまり思想化には多量の知識が材料として必要であり、そのため読書量も多量でなければならない。だがその精神ははなはだ強力で、そのすべてを消化し、同化して自分の思想体系に併合することができる。つまりその精神はたえず視界を拡大しながらも有機的な組織を失わない壮大な洞察力の支配下に、その材料をおくことができる。その際、思想家は自らの思索はパイプオルガンの基礎低音のように、すべての音の間をぬってたえず響きわたり、決して他の音によって打ち消されない。
大切なのは自分の頭で考えるということです。考え抜いた上で目的意識を持って本を読む。読んだ後にも考えて精神に取り入れる。実に耳が痛い話しですが、考える価値のあるテーマです。
多読家にとって必読の一冊です。
posted by ミズモト at 16:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TBありがとうございます。
それにしても、この更新ペースは凄いですね...
Posted by Water at 2005年05月17日 19:37
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